『武』? or 『舞』?

指導をしていると当たり前に遭遇することに、動作を正しく真似できない、
という現象がある。
特別に「誰が」、とか、「どんな人が」、というのはなく、老若男女問わず、
苦手な人はいつまでたってもなかなかこの現象から抜け出せない。

以前のブログの記事でも書いたが、意識するしないに関わらず、
動作を印象で覚えようとする人に、この傾向は強いようで、必然的に
子供はこのパターンが、大人よりも多いように思う。
こちらが意図するようにできていないから、修正に時間をかける。
なかなか先に進めないから、練習が面白く感じられない。
結果、教室から足が遠のく。
こんな繰り返しを何回も見てきた。
私の指導力不足を棚に上げるつもりは、毛頭ないが、
そのうえで、あえてこの問題の原因を考えてみる。

太極拳はその見た目から、『踊り』と揶揄されることが多い。
そこまでひどくなくても『健康体操』と言われるのが普通だし、
それ自体、けして否定はしない。
一般的な太極拳に対するイメージや知識は、そんなものだ。

実用性は、突き詰めればそこに一定の『美』があると思う。
それがきらびやかなものなのか、簡素なものなのかはわからないし、
またそのどちらを美しいと感じるかは、個人の価値観であろうが、
いずれにせよ、私はそう考える。

太極拳にかぎらず、武術の実用性とは、つまるところいかに敵を制するか、
あえて物騒な言い方をするならば、息の根を止めるか、ということは、
積極的にではなくとも、認めざるをえないところだろう。
そのための技術を集約したものが套路・型であり、単式練習である。
それらの練習の中で求められる、物理的な身体操作や意念的な要求が満たされた時、
『武』も『舞』もなくなるのではないか?

太極拳は、いや、およそ全ての武術は、人に見せて美しさを鑑賞してもらうものではないが、
人に見られた時に、恥ずかしくないように練習したいものだ。

例えば、あなたの愛する人に見られている、と思って練習すれば、
少しは違うのではないだろうか?

Updated: 2014年5月25日 — 1:07 AM

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