馬虹師父との思い出

先日、地元の新聞にて拙文を寄稿した。

といっても大げさなものではなく、知人に紹介された、
宣伝にならない内容で、という条件のもとでの、
自分のこだわりについての短い文章だ。

太極拳のこと以外書くことが思いつくはずもなく、
宣伝にならないこと、と考えるに、
自然と師父の事を書こうと思い至った。

実は、紹介を受けたのは昨年11月で、
あれこれ忙しくしていたのもあるが、
いざ書き始めると、文字の制限が意外にきつく、
何度か、書いては消し、を繰り返した。

改めて、自分はこんなにも師父を慕っていたのだ、
と気付かされた。

以下は、その時の文章です。

「一日師と為せば、終生父と為す」という言葉が中国武術にある。実際、弟子入りすると、先生を「老師」ではなく、「師父」と呼ぶ。

私が太極拳を始めたのは、実に18年も前だが、馬虹師父に弟子入りしたのは、10年ほど前だ。まだまだ学ぶべきものが累積する中、昨年末、師父は永眠された。

初めてお会いした時には、書物で憧れた先生に会えることだけで興奮した。その最初の邂逅で、師父と引き合わせてくださった当時の先生が強引に、私の弟子入りを認めさせた。そのため、その後何年かは心苦しく思っていた。

ある時思い切って師父にそのことを言った。心苦しさから「師父」と呼びづらく思っていることも。師父は特に何もおっしゃらなかったが、思えばその時以来、訪中の際はいろいろと心を砕いてくださるようになった。

一番印象深い師父の言葉は「住むところは大丈夫か? 食事は問題ないか?」というものだ。中国の師父を訪ねると最初にそう聞かれる。「大丈夫です」と答えると安心したように満足そうに頷かれる。

いつも師父のご自宅で指導を受けたが、ある時は朝のバスターミナルで、またある時は旅先のホテルの一室で指導をしていただいたこともある。それもまた貴重な思い出だ。

師父はその師を愛し、それゆえ伝えられたものを変えることなく伝えてこられた。そうして、自信と誇りを持って伝えてくださった太極拳だからこそ、私もまた自信と誇りを持って伝えていける。師父がそうされたように、変えることなく。

私は太極拳ではなく、一途に師父を学んでいるのだ。

Updated: 2014年4月21日 — 3:17 PM

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